こんにちは、ノブです。本日は最近読んだ本の感想と、科学者の考えるべき問題についてです。
読んだ本は「CRISPR(クリスパー)究極の遺伝子編集技術の発見」です。
遺伝子編集の分野が学べる非常に勉強になる本
序盤は遺伝子編集技術について、今までの研究の歴史や問題点の説明とともに詳しく解説しています。かなり丁寧に解説してくれていますが、一定の知識レベルを求められる印象を持ちました。最低でも分子生物学の「セントラルドグマ」の概要を理解できてないと辛いと思います。大学時代にこの本を読んでいれば、私の生化学の授業の理解度は格段にマシだった気がします。以前、「マンモスを再生せよ」を読んだ身としたは、読む順番が逆でも良かったかも?と感じる内容でした。
そして、筆者らが見つけ、発展させたCRISPR-CAS9の技術について、その可能性と応用例をこれまた非常に詳しく&具体的に説明してくれています。biologyは専門外の私にとって、非常に勉強になりました。
また、crRNAとtracrRNAをリンカーで接続したsgRNA(ガイドRNA)の設計&利用の成功は、異なる機能を有する低分子をリンカーで接続するPROTACにつながるものがあり非常に面白かったです。 (マニアックな話なので、詳しくは調べてみてください)
科学技術の社会実装と立ちはだかる壁
以前、「化学の将来を語り合うイベント」に参加した際にも感じたのですが、科学者は自分の研究領域をどのように社会実装するか考える段で手こずることがあります。もちろん全ての研究が社会実装を目指す必要はありませんが、特に私が専門としている化学の分野では、(B to B以外の)一般社会との接点が特定の商品に限られており、「化学を用いた何か」の出口設定が困難になりがちです。
一方、本書で取り上げられているCRISPRはと言うと。動植物の品種改良や遺伝子疾患の治療など、非常に分かりやすい社会との接点がたくさんあります。また、その結果がもたらす価値や可能性を考えると夢のような技術です。病気を治したい、よりよい品種を作り出したい、という願いをネガティブにとらえる人は少ないでしょう。
しかし、そこには倫理的な問題や「思いがけぬ危険性はないのか」「悪意ある使われ方をしないか」という疑問がハードルたして立ちはだかります。遺伝子を強化して「優れた人間」を作り出すのはSFやアニメではおなじみのネタですし、既に遺伝子疾患とともに暮らしている人や治療を受けられない貧困層との格差・差別の原因になりかねません。
このような論争に巻き込まれ、筆者は嘆きます。
「私たちは何をしてしまったのだろう」
純粋な科学的興味から研究をしていた人間のリアルな声だと思います。研究者の純粋な想いが感じられる場面で、私が本書の素晴らしさに感動したポイントでもあります。
危険性をはらむ科学が悪いわけではない
以前、「良い研究とは」というテーマを議論した際に話題に上がりましたが、大多数の研究者は科学的な興味から研究を行っています。「人々を苦しめたい」をモチベーションに活動している「ばいきんまん」や「Dr.ワイリー」のような研究者はほとんどいません(、と私は信じています)。
しかし、原爆や細菌兵器のように、結果的に人を苦しめることに使われてしまう研究もあります。つまり、「結局は使い方しだいである」ということです。そのため、私はすべての研究者に倫理観をもって活動をしてほしいですし、善意や科学的興味から研究してほしいと願っています。
オフ会も終わったので本日のお題
— ノブ@化学者/研究者の生き方を考える (@chemordie) November 25, 2018
「良い研究とは何か?キーワードを3つ挙げなさい」
に対する私の回答を。
①善意や科学的興味から成り立っている
②携わっている研究者が明日を楽しみにできる
③第三者に評価してもらえる適切なシステムがある
でした。皆さんのご意見はいかがでしょうか。
この問題について、筆者らは本書内で以下のように述べています。
・どんな科学技術についても、その使われ方を決めるのは社会全体であって、個人や集団の科学者ではない
・ヒト生殖細胞をただ編集できるからといって、編集すべき理由になるだろうか?
・技術それ自体に善し悪しはない。重要なのはそれをどう扱うかだ。
ちなみに「マンモスを再生せよ」を読んでいたときの私は同様の内容をマネタイズの視点から考えておりました。
#マンモスを再生せよ を読んでいて感じること。
— ノブ@化学者/研究者の生き方を考える (@chemordie) February 12, 2019
「科学的に○○することは可能」と「社会に○○技術の成果を広める」は全くの別モノ。
科学技術の一般化や技術によるマネタイズを考えている科学者は
「だが、なぜそれをする必要があるのか」
という視点を常に持ち続ければならない。
今回のケースでは、危険をはらむ科学的技術をどうするかは社会全体で考えなければならない、ということですね。特にCRISPR技術には、「救えるかもしれない命を放置するのか」という問題や、各国政策との兼ね合いが大きく影響しうる微妙な内容が含まれます。
・PCSK9(悪玉コレステロールを調節するタンパクを生成する遺伝子)を編集することは治療の一環?遺伝子強化?
・明確な治療法や治療方針があるのにそれを行わないのは許されるのか?
・遺伝性疾患の患者に生涯にわたり治療を提供するより、遺伝子編集により胚に予防的介入を施す方がコストは安くなる場合、各国の医療政策との親和性は?
・そもそも、現在行われている臨床試験にも副作用や遺伝毒性など未知の危険性は存在する。CRISPRだけ特段危険視されるのは理にかなっているのか?
奇しくも本書が出版された後、CRISPR技術により遺伝子編集を施された双子が中国で誕生したニュースは皆さんの記憶に新しいのではないでしょうか。
参考:中国「世界初のゲノム編集赤ちゃん」 双子の誕生と、別の女性の妊娠を確認
本件、「子供にHIV耐性を獲得させるため」という主張がなされていますが、世界各国から倫理的に大きな問題がある!と叩かれています。既に遺伝子編集された人間は空想や想像作品の中だけの存在ではないのです。
科学者が外に出て、専門外の人たちと話すこと
筆者らは、科学技術は開発した研究者にその説明責任がある!と立ち上がります。
科学の使い方を社会全体で決めるべきであれば、異なる分野の研究者、為政者、宗教家、心理学者、マスコミ、一般市民、など幅広い人々との対話が必要なことは間違いありません。そして「何をすべきか」「何をすべきでないか」を世界の動向にそぐわないように少しずつ決めていく必要があります。
我々科学者はその技術について正確に、公平に(良い面も悪い面も)考え、社会と向き合っていく必要があると感じました。
CRISPR読了。非常に面白かったです。後で感想をまとめるつもりですが、科学者が外に出て、専門外の人と話すことの重要性を再確認しました。以外、最後の方の要約。
— ノブ@化学者/研究者の生き方を考える (@chemordie) May 6, 2019
世界に科学を説明するのは科学者の責務。研究に打ち込んでいるだけの我々にはそんな覚悟はもちろんないが、避けて通ることはできない。
今のところ明確な答えは出ていませんし、少なくとも私にはこのような覚悟はありませんが、せめて自分の家族くらいには胸を張れるような研究をしていきたいと考えさせてくれました。研究やっている人にはオススメの本でした!
ノブ
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