こんにちは、ノブです。今日は化学におけるスマートラボ構築についてです。特に合成経路の自動立案にフォーカスして。
合成経路立案をAIで
コンピュータを使って合成経路を構築させる試みは、実はずいぶん昔からあります。SYNSUP, Synpath Explorer, ChemPlannerなどなど、購入可能な製品もあります。ただし、不斉中心を精密にコントロールする経路や非常に長い合成経路を立案することは現実的に不可能だったり、複雑な副反応やうまくいかない反応のデータベースが世の中に出回っていなかったりで、実用的なシステムを作ることは難しいとされていました。
そんな中、AIによる合成経路自動立案システムとして最近話題を集めているのが「Chematica」です。Wiley-Japanによる解説はこちらから。
なんとタキソールの逆合成解析を「最大50工程までで最も低コスト」な合成法を、3億通り以上の選択肢の中から、デスクトップPCを使ってわずか7秒で導くことができた、ということで話題になりました。
(タキソールの構造式:Wikipediaより)
その後も、Chematicaを使って合成経路を立案、実際に合成したという報告が発表されています。この投稿を書いている時点で一番新しいものは”こちら”でしょうか。(英語ですが、オープンアクセスな論文です。)8つの化合物の合成ルートをChematicaを用いて立案、実際に合成に成功しています。
このChematicaの特徴としては、①不斉点制御を踏まえた逆合成解析が可能であること、②コスト・工程数・安全性など、重視するポイントによって合成経路が変わること③経路立案までの時間が短いこと(どのようなマシンパワーでシステムを利用しているか詳細は不明ですが)、の3点が挙げられます。
ただし、このシステムを使うにはMerck傘下となったChematicaの年間ライセンス契約を行う必要があります。マニアックなソフトウェアだけあってお安くはないでしょう。そして日本国内代理店は現時点では存在しません。リーガルなやり取りも含めて英語で契約となると、更に使用ハードルが上がります。
ChemOSのニュース
そんな中、とあるニュースが目に付きました。
今開催中のACS national meetingでChemOSという合成経路自動立案、遠隔合成装置など、スマートラボ管理ソフトウェアパッケージが発表されてますね。試験利用として北米大陸を横断して反応を仕込んだとか。
しかも無料?
この辺の情報は一度ブログにまとめます。https://t.co/HYKwRG98WA— ノブ@化学者/研究者の生き方を考える (@chemordie) 2018年3月21日
ツイートのリンク先はACSのC&ENニュースサイトです。元文献は「こちら」から。AIとロボティクス技術を使って、自動で立案した合成経路を実行すべく、マサチューセッツにあるハーバード大からカナダのブリティッシュコロンビア大学のラボにある装置までコマンドを送り、反応を仕込んだそうです。
(2つのラボの距離。国境はおろか、ほぼ大陸超え。よくやるなぁ・・・。)
将来は様々な研究現場でこのようなシステムにアクセスが可能になることは間違いないでしょう。というか、論文中には「GitHubからダウンロード可能」と書いてあります。無料です。
・・・え?マジで?
私もまだ論文を読み込んでいないので評価は避けますが、使い物になるのであれば大変なことです。また、組織内のデータや知見を盛り込んでカスタマイズすることが可能なようなので、それぞれの企業や研究グループの特色も残せるのではないでしょうか。
導入するとどうなるのか
このChemOS、導入することでケミストの仕事効率が上がる可能性が十分にあります。ただし、重大なバグや機能面で物足りない点がないとも限りません。使う場合はご自分の組織の責任でお願いします。私は一切の責任が取れません。元より、まだ元論文を全て理解できているわけではありません。
また、多くの論文が指摘しているように、AIによる逆合成はまだまだ人間に勝てるレベルに達していない場合が多いです。複雑な構造や長い合成ルートを考える際には、人間が有利とされています。
ただ、今回の発表で「コンピュータによる自動合成」が実現されたことは事実でしょう。今後は実務に耐えられるレベルかどうかの評価や、より使いやすいシステム開発が激化していくと予想されます。そして、アカデミアの現場で開発が行われるのであれば今回同様に無償ダウンロード可能という形態を取る可能性が高いです。
ケミストの在宅ワーク実現に向けた夢のある話です。いや、もう夢ではなく現実です。さあ、逆合成に頭を悩ませているケミストの皆さん。その仕事はもうあなたがやる必要はありません。あなたにしかできない仕事は他に何がありますか?
ノブ
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